ロシア人は実はあたたかい、優しい人たち

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ロシア横断の2回目のお話。ハバロフスクを出発して間もなく、こんな未舗装路が延々と続く道がはじまる。未舗装路というよりダートと言いたいくらいの道。でも、これは日本でいう国道1号線、トランスシベリアンハイウェイというれっきとした主要幹線道路。これは写真を撮る余裕がある時に撮影したけれど、道路にボコボコと穴が開いていたり、道が深くエグれている場所があったり、本当に大変な道だった。ロシアに入国する前に写真を見ていたら、走るのを止めていたかもしれない。とにかくまぁ、こんな道が2000㎞くらい続くエリアがあるんだ。

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道路標識はもちろんロシア語のみ。英語表記なんてあるワケがない。前回書いた通り、ワシはロシア語が少しだけ読めるので問題無かったんだけれどね。

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ロシアは飯が不味いと聞いていたけれど、串刺しの焼き肉(シャシリク)は結構美味かった。トルコから伝わってきた料理らしいんだけれど、どこででも食べられるのでお昼ご飯によく食べていた。だいたいどんな料理にもご飯代わりにパンがついてきたけれど、ロシアのパンは固くて、酸味がきつくてあまり好きにはなれなかった。

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彼らに出会ったのはロシアに入国して4、5日目だったと思う。たまたまバイクを停めて写真を撮っていたときに後ろから追いついてきた集団で、荷物満載で見たことがないナンバープレートのバイクが停まっていたから興味が湧いたんだろうね。「どこから来た?」などとカタコトの英語で話すうちに仲良くなったんだ。

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冬が厳しいロシアでは、バイクには夏前後の数ヶ月しか乗ることができない。それでもバイクに乗ろうってヤツらはみんな連帯感が強く、面倒見もいい。どこの馬の骨かもわからない、日本人のバイク乗りでも「同じバイク乗り」として大事にしてくれる。

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彼らはブラゴベシチェンスクで開催されるバイクイベントに向かっている途中で、そのイベントを開催する地元バイクチームのクラブハウスに連れてきてもらった。イベントは翌日の開催で、ロシア各地から集まってきたバイク乗りと前夜祭を楽しんだんだ。このクラブハウスで死ぬほどウォッカを飲まされて、最初の20分くらいしか記憶はないんだけれどね。ロシアでは出会ったばかりの友人とはショットグラスでウォッカを乾杯する習慣があり、この夜だけで数十回はウォッカで乾杯したはずなんだ…たぶんね。

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で、イベント当日。モトボルーナ2009って名前のイベントだよ。どういう意味かはわからない。

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イベントにはロシア正教の司祭も来ていて、集まったバイクに聖水を振りまいてお清めをしていた。みんな無事に家に帰ることができるようにってお祈りだろうね。


イベントで出会ったバイク乗りたち。ステージで「この日本人はロシアを横断して、バイクで世界一周するんだってよ!」と紹介してくれたせいか、あちこちで声をかけられる。「ビールを飲んでいけ」、「これを食え」、「俺と写真を撮ろう」…一人で会場をウロウロしているだけで、いろいろなロシア人に声をかけられ、寂しい思いをすることはなかった。この時はまだ「たまたま優しいロシア人に出会えている俺はラッキー」と思っていたけれど、実はそうじゃなかったんだ。

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モトボルーナでロシア人バイカーと楽しい時間を過ごし、再びシベリアの悪路へ…実はこの先、ガソリンスタンドが400㎞ほど無い区間があり、道も非常に悪いらしかった。自分のバイクで走破できるのかわからなかったので…

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シベリア横断鉄道にバイクごと乗せてもらうことにした。500kmほど鉄道で移動したのかな。鉄道にバイクを乗せる手続きも大変だったんだけれど…それもロシア人の駅員があれこれ世話を焼いてくれて非常~に助かった。「言葉が通じなくても何とかなる」って自信をこの辺りから持ちはじめる。実際のところ、そういう時って周りに迷惑をかけているだけで、強気に自信を持っちゃダメ。あらかじめ自分で調べたり準備したりするべきなんだけれど、長旅ですべてを準備するワケにはいかない。せめてお世話になった人へ「ありがとう」って言葉だけは強く伝えるようにしていた。

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ロシアでは観光はほとんどしていない。シベリアには観光地がたぶんほとんどない&観光客もこないからだと思うけれど、観光案内所や英語が通じる宿もほとんどなかった。ロシア観光ってヨーロッパ側の一握りの地域だけしか一般的じゃないはず。なので、休息日はロシア正教の教会や町並みを見ながら散歩するしかやることはなかった。

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夏のロシアは非常~に暑いんだけれど、雨が降るとすぐに気温が下がる。内陸部に向かうにつれ、標高が少しずつ高くなるので、夏でも寒い地域もあるんだ。

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そういう時はロードサイドのカフェで休憩。まず間違いなく言葉は通じないので、あらかじめ用意してきたロシア語の単語帳を見ながら単語だけで会話をする。少ししか言葉が通じなくても、みんな一生懸命理解しようとしてくれるし、なかなか楽しいコミュニケーションだったよ。

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ロシア中部が近づいてくるとモンゴル系のブリヤート人に出会うことが多くなる。見た目はほとんど日本人で、ロシア国内にアジア系の住民がいるとは知らず、驚いた。

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で、32歳の誕生日になった翌日。6月後半にロシア中部で雪に降られた…。寒い日もあるのは覚悟していたけれど、まさか6月後半に雪が降るとは思わず、防寒具も用意していなかった。この日はマジで死ぬかと思ったよ。あまりにも寒くて、ロードサイドのカフェの店員に頼みこみ、カフェの2Fで泊まらせてもらって命拾いしたんだよなぁ~。後で聞いたら20年ぶりか何かの異常気象だったらしい。


その後も検問所の警察官やガソリンスタンドの親父などに旅の無事を心配してもらいながら、西へ西へと走り続けた。夏のロシアは日が長く、5時~23時くらいまでが明るい。だから、ゆっくり走っても日に800㎞くらいは進んでいたはず。でも、地図で見ると毎日少ししか進んでいないのに愕然としていたなぁ~。バイクの走行距離だけはどんどん進み、ロシアでは1週間でオイル交換を2回もすることもあったよ(バイクのオイルは3000㎞ごとに交換する)。

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ここはウランウデって街の駅前の中心部。ここまで到着すれば西に向かうにつれ、少しずつ道は良くなる。

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雑貨屋のブリヤート人の店員。バイクで走行中に落としてしまったレインコートを探したんだけれど、バイク用のレインコートなんて見つからない。ロシアに限らず、どこの国でもそうだけれど、旅用のアイテムは観光エリアを探せば何とか見つけられる。でも、普通の旅人は使わないアイテムは旅先ではなかなか見つけられないのよね。その街の生活用品を売っているエリアを見つけ出して、それからいろんなお店を足で回らないといけないからね。結局、ロシアで無くしたバイク用のレインコートを見つけることができたのは、ロシアからずっと後にドイツのバイク屋に立ち寄ったときだった。それまではギリシャで見つけたチャチなレインコートで間に合わせていたんだっけ。

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そうそう。シベリアの悪路は旅の相棒のSR500にはキツかったようで、ホイールのスポークがポキポキと折れはじめた。そんなこともあろうかと予備のスポークを用意していて、田舎町の車屋さんに手伝ってもらって修理したなぁ~。ロシア横断はロードバイクではなく、前後のサスペンションが長いオフロードバイクでやった方が確実にいいと思うよ。そんなことはロシアに入る前からわかっていたけれど、ワシは自分の好きなバイクで走りたかったんだ。


この辺はロシアのバイカル湖での写真だね。バイカル湖は関西がスッポリと収まるほど巨大。周りを走り抜けるだけで2日かかったもんね。

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道中、ヨーロッパから走ってきたバイク乗りと何人か出会った。荷物満載のバイクはだいたい外国人バイカーなので、お互いに停まって情報交換をする。ガソリンスタンドの場所や道路のコンディションなど、知りたい情報はたくさんあるからね。出会うバイク乗り全員にFacebookのIDを聞かれたけれど、この時はまだFacebookは始めていなかった。まだ日本はMixiが全盛だった頃。あまりにFacebookの話題になるので、2010年にIDを取ったんだけれどね。

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